ヴィッセル神戸
Pocket

いよいよJ1リーグ試合再開まであと数日ということで、様々な準備が進められています。
海外でも日本より先に再開された国での試合の様子が放送されています。

Jリーグも再開されれば選手たちの様子が様々なメディアで報道されるでしょう。

さて今のヴィッセル神戸を語るうえで欠かせないのは何と言ってもアンドレス・イニエスタ選手でしょう

イニエスタ選手については今RakutenTVで「アンドレス・イニエスタ-誕生の秘密」が無料公開されています。
このビデオではイニエスタ選手の幼少期、バルサでの活躍やその裏の苦悩、家族のこと、バルサ退団後の日本での生活などをメッシをはじめとするバルサの同僚やペップ監督たちのコメントや家族、もちろんイニエスタ選手本人の話と当時の映像で綴っています。

今回はこのビデオのあらすじの紹介と気になるイニエスタファミリーの家を大胆予測してみました。
このビデオの予告篇が公開されていますのでまずこちらを見てから本編を見るといいですよ。

 

来日したイニエスタ選手は何を思ってる?

この投稿をInstagramで見る

 

❤❤❤❤❤❤💫 #ravapas @annaortiz34

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


今までなかなか持つことがかなわなかった家族の時間を満喫しているとのこと
長く暮らしてきたスペインを離れ、知り合いのほぼいない日本に来て夫婦と子どもの6人で過ごす時間が増え家族の絆が深まったと話しています。

家族でお出かけしている映像が流れますが、美しいアンナ婦人とかわいいお子様たち。間違いなくイニエスタ選手の宝でしょう

イニエスタ選手の印象を周りの人が語る


アンナ婦人「人としても選手としてもはかりしれない」
かつての同僚のネイマール選手は「魔術師」
ジェラール・ピケ選手は「ピッチの中で踊っているよう」
ペップ・グラウディオラ監督は「闘牛士」
メッシ選手は「特別な存在。選手としても人としても」
シャビ・エルナンデス選手は「スペインサッカー界で最高の才能」

様々な人がそのプレーと人間性において賛辞を送っています。ピッチの中でも外でも紳士です。

アンナさんとの出会いを語る

この投稿をInstagramで見る

 

Disfrutando en la boda de Pedro y Carol!! Muchas Felicidades!! #boda #amigos #moda #Dirkbikkembergs

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


2007年サン・フアンの祭り後立ち寄ったバーで働いていたアンナさんに一目惚れ。
その後機会を伺って連絡先をゲット
その後イニエスタ選手がアジア遠征中に日本の航空会社ANAのマークを見てアンナさんを何度も思い出しお土産としてANAの旅客機の模型と手紙をアンナさんに渡してからアンナさんも恋に落ちました
恋するイニエスタ選手は何度も友人にどうすれば振り向いてもらえるか相談しました

今は4人の子どもが生まれていますが、その始まりは2人の出会いから始まりました。

バルセロナ退団を決意

2018年4月9日メッシやスアレスなどの同僚に今期限りでの退団の意思を告げました。
その後会見で発表
「かつての全力が出せなくなったらいられない」と言っています。
最終試合となる国王杯決勝のセビリアFC戦ではメッシからのリターンパスを受けゴールを決め有終の美を飾り、途中交代でピッチを去ります。
「あの時泣いてなかったと言ったら嘘になる」
と言っている通り、全人生を捧げてきたチームを去ることは、寂しさもあったと思いますが最後には「得がたい経験」としめくくっています。

ヴィッセル神戸三木谷会長がプロジェクトを語る

この投稿をInstagramで見る

 

Dinner with my friend @hiroshi.mikitani 👍🏼

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


移籍先を決める前に退団を決意したイニエスタ選手のもとへ三木谷さんが訪ねてきました。
日本のサッカー界を一緒に変えてほしいと情熱的にプレゼンをしました。
イニエスタ選手もクラブの成長に携わる喜びや利点、熱意を感じ取り日本へ行く決心をしました。
「この決断は僕が地元からバルセロナに出てきた時に匹敵する」と語っています。

子どもについて語る

現在、ヴィッセル神戸で現役を引退したビジャ選手の家族と同じマンションに暮らしています。
子どもだけでお互いの家を行き来するほど仲がよいようです。
パウロくんとルカくんは同じ学校でサッカースクール(イニエスタ選手が日本に来て作ったサッカースクール)も同じということでほぼ毎日会っているとのことです。
イニエスタ選手は「子どもたちは僕とは違う育ち方をするだろう。その違いを超えて本当に大切なこと、自分の中に蓄積されてきたことを伝えていきたい」とコメントしています。
男の子であるパウロくんにはサッカー選手になってほしいとのことです。

歴史に残る一撃 チャンピオンズリーグ準決勝

この投稿をInstagramで見る

 

10 años después, sin palabras. Qué momento!!! 🔴🔵 10 years after, words cannot describe. What a moment!!! 🔴🔵

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


2009年5月5日 チェルシーFC戦 0対0だった1回戦の後の2回戦、1点を先制されたところ。
もうこのまま終わりかと思いかけた92分メッシからのパスに反応しノートラップで放ったダイレクトシュートが見事に決まり、決勝進出を決めました。

そのままの勢いでマンチェスター・ユナイテッドをくだし3年ぶり3回目の優勝の立役者となりました。
この得点を機にイニエスタ選手への世界的な注目度が上がりました。

この得点後の歓喜の写真がコナミの人気サッカーゲームウイイレでもIMイニエスタのアイコンに使われています。

この試合の9ヶ月後、スペインの出生率が16%上がったとのことです。それだけ人々の生活にインパクトを与える試合だったのですね。

幼少期からサッカー漬けの毎日


イニエスタ選手のお父さん、お母さんが登場しサッカー漬けだった幼少期を語ります。
村にチームが無かったため学校が終わると校庭のフットサル場に直行し親が呼びにくるまで毎日6時間サッカー漬けです。
5~6歳の時にはすでに14歳の技術レベルを身につけていました。
お父さんはアルバセテの入団テストに連れて行き、少年イニエスタは早々に3ゴールを決めコーチを驚かせ、見事に合格。
お父さんが11時に学校に迎えに行き、練習に直行2時半にまた迎えに行くという生活をしていました。
ご両親も子どもの才能を早くに見抜き応援していました。
バルネテの大会で最優秀選手賞を受賞したのが転機となりました。
バルサ、レアル、アトレティコ等の有力クラブから注目が集まり、バルサよりお父様に契約の話がありました。

12歳で親元を離れバルセロナへ

お父様は息子の決断に任せるとバルサの代理人には言いましたが、息子にはバルサに行って欲しかったようです。
「チャンスの電車が来るのは1度だけ」と言われ12歳の少年アンドレスはまだ家にいたいとはじめは思っていたので数日悩みました。
最終的には親をがっかりさせたくないとの思いもあり、12歳で家を出る決断をしたのです。

ビジャには、12歳で親と離れたのはトラウマだった。と語っています。

悪夢から始まったバルセロナ

1996年9月16日いよいよ生まれ育ったフエンテアルビージャを家族とともに出て、ラ・マシア寮に着きました。
夜に寮についたので、翌日から寮に入れるつもりで家族はいたのでしょう。
一晩家族で別れまでの時間をとりたかったのでしょう。
ところが寮ではその日の夜からイニエスタを受け入れると言ったそうです。
幼い息子を一人寮に残し、ホテルへ向かった時お父さんは「息子を取り戻す。息子がいないならば命が尽きてしまう。」と言い出しました。
しかし、お母様は冷静に「チャンスをあげてここまで来て連れ戻すなんて何のためだったの?成功するかどうかはまず試してからよ。ダメなら連れて帰ればいい。」とお父様の考えを退けます。
イニエスタ本人もあの時、両親から帰ってこいと言われたら帰っていたと言っているのでお母様のこの発言によってバルサのイニエスタが誕生したとも言えますね。

頭角を現したイニエスタ

はじめはホームシックとなり、人知れず涙を流すこともあったということです。
しかしサッカー選手になる夢はゆるがず、両親の期待に答えたいとの思いから少しずつ生活に慣れていきました。

指導者たちの間ではその将来性は注目されていました。

そして1999年7月22日バルサ主催のナイキカップに出場しサドンデスゴールを決め優勝。

その優勝カップを後のペップ監督がイニエスタに渡す時、数年のうちに自分が引退し監督としてバルサを観戦することになるだろうと伝えたそうです。

この活躍で当時のファンハール監督はトップチームで活躍できることを確信し、ついにチャンピオンズリーグでトップチームデビューを果たします。
最初の2試合は負け、引き分けと続き、次に負けたらいよいよ風向きが危うくなる時に、イニエスタ選手は意外な行動にでます。
ペップ監督の部屋のドアをノックして入り、「きっとうまく行きます。初動もいいしプレーもいい。だからうまくいきます」と告げて出て行ったとのことです。
ペップ監督も選手がそう言うなら悪いようにはしないと思ったそうです。
そこからはその言葉どおり何年にもわたる快進撃を続けます。

ヴィッセル神戸に来て気づいたこと

この投稿をInstagramで見る

 

Qué orgullo estar al lado de estas dos personas y vivir un momento así! ❤️⚽️🇪🇸

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


イニエスタ選手はヴィッセルに移籍後、バルサでの選手生活は楽しんではいたが100%楽しめない部分があった。と言っています。
あらゆる面で常に注目されている精神的なプレッシャー。これがバルサである証であり、その評判が意味するものが他には存在しない。それが無くなればあらゆる面から開放されると気づいたと言っています。

「生まれた場所は関係ない。居場所だと思える扱いを受けるかどうかだ。」
温かく受け入れてくれる場所があれば国籍や生まれ故郷がどこかということは大きな問題ではないということでしょうか。
映像でイニエスタ選手が入ってくる喫茶店ですが、「コーヒールーム樹里」さんです。私はおじゃましたことがありませんが壁のサインを見に行きたいですね。

2009年からの暗黒の日々

2009年のローマとの決勝戦の後怪我で戦列を離れました。しかし、思うように治療が進まない中、気分も落ち込み気力がわいてこず、イニエスタ選手の心に暗雲が立ち込め暗くなってしまいました。
さらに親友の死が追い討ちをかけ心を壊していきました。
食事に行っても気もそぞろ、旅行に行ってもそこから出かけたがらず、寝てしまう。
家族や友人が心配する中怪我の治療に加え、心理学者インマ・プッチ氏のケアも受け始めました。
うつ病でした。プッチ氏は言います「非常に輝かしく強烈な経験をした後に人は空虚な瞬間を感じるものです。」
しかし周りの人の理解と協力があればよくなる病気です。
イニエスタ選手の場合家族、友人、チームの仲間、監督が協力しあってイニエスタの回復に協力しました。
アンナ婦人は言います。「人生の彩りを知ったの。サッカーをして人に従うだけが人生じゃない。自分自身でいること。もっと自分を知ること。小さなことに喜びを見出すこと。上に行けば見えなくなるの」
この話を公開するイニエスタの勇敢さと高潔さという2つの特徴がでたとプッチ氏は言います。
イニエスタ選手がこの話を公開することで、多くの人が勇気が出たと言って治療機関に足を運ぶきっかけになればうれしいけど、いつもは普通の人でいたいと言っています。

2010年南アフリカW杯での奇跡

2010年7月11日W杯決勝戦で優勝するから見に来て欲しいと家族をはじめ友人などに声をかけました。
決勝戦の3時間前にTシャツを用意してほしいとコーチに頼みます。
「ダニ・ハルケ。いつも僕達と一緒だ」
Tシャツにはこう書かれていました。コーチはまだイニエスタの意図を完全には理解していなかったのです。

決勝戦でイニエスタ選手が奇跡のゴールを決めその瞬間が訪れました。
大きな歓喜とともにユニフォームを脱いだその下にあのTシャツが現れました。決勝戦の大舞台。PK戦になる可能性が高いとも言われていた試合。
自らのヒールパスからの折り返しを受けゴールを決めそれを親友に捧げたのです。

その1点でスペインはW杯初優勝をつかみ、イニエスタ選手はリーガで敵チームからも賛辞を受ける英雄となりました。

イニエスタファミリーの住まいはどこでしょう

映像を見る限りでは六甲アイランド近辺に住んでいるようです。家族でのお散歩は六甲ライナーのアイランドセンター駅周辺や神戸国際大学のキャンパス近辺を歩いているように見えます。お子様たちはカナディアンアカデミーに通っているようです。イニエスタ選手のサッカースクールは4拠点ありますが、ここからならどこへ足を運ぶにしてもアクセスがよさそうです。これらのことから、六甲アイランドのいずれかのマンションではないでしょうか。

まとめ

この投稿をInstagramで見る

 

@visselkobe 💪!

Andres Iniesta(@andresiniesta8)がシェアした投稿 –


「アンドレス・イニエスタ-誕生の秘密-」紹介とイニエスタファミリーの住まいを勝手に予測しました。

これだけ多くの方に時間をかけてインタビューをして綴ったドキュメンタリー映像を無料で公開する楽天の懐の深さに脱帽するとともに、イニエスタファミリーのプライベートにかなり立ち入った内容となっているこの取材をあえて受けてくれたイニエスタファミリーに感謝します。
イニエスタ選手の歩んできた道の中に様々な出会いが描かれてきていますが、皆さんがプレーの華麗さに加えて人間性のすばらしさを讃えます。
一方でイニエスタ選手はストレスからうつ病を患う体験をしており、サッカー以外では今は家族との静かな時間を求めて今の時間を楽しんでいるように思います。
イニエスタ選手のパーソナルスペースに踏み込すぎることの無いようにし、少しでも長く元気なイニエスタ選手のプレーを見ることができるようにみんなで温かく見守ることができるといいなと思います。
世界の宝イニエスタ選手がこの日本、神戸に少しでも長くとどまってくれることを願います。